うさぎのどんぐり(Mix♀)と
夫婦が暮らすのんびりライフ
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大久野島1【戦争遺跡】

お正月休みの1月4日、(今頃レポ)
夫とお義母さんと広島県竹原市の大久野島に行きました♪
外周4kmちょいの小さな瀬戸内海の島。
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始発フェリーに乗って(忠海港7:45発)、
最終フェリー時間まで(大久野島19:00発)
戦争遺跡と毒ガス資料館を見て、
うさぎさん達にごはんとお水をあげながら、
島内すべてを周ってきました。

朝日が昇るのをうっとり眺めながら乗船。
フェリーは片道300円。約15分で大久野島に到着。
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うさ飼いさん達の間では「うさぎの島」として有名ですが、
広島県人の夫家族には「元・毒ガス島」の認識の方が強いみたい。
大久野島は「地図から消されていた」過去があります。

【1902-1924年:芸予要塞時期】
軍事上重要都市だった広島と呉を守るため、
島内に3箇所の砲台(計22門の大砲)があった。
【1929-1945年:毒ガス製造時期】
旧陸軍がイペリット等毒ガス兵器を秘密裏に製造。
終戦後、閉鎖。

このエントリでは貴重な戦争遺跡中心のレポです。

【発電場跡・毒ガス工場の電力を生産】
壁の黄色文字「MAG2」は「MAGAZINE2」の略で、
朝鮮戦争時代に米軍がここを弾薬庫として使った印だそう。
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化学兵器製造の跡地が、現在はうさぎ達が雨露をしのぐ場に。
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【火薬庫跡・砲台の弾薬や火薬を保管】
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チモシー袋の音をたてながら歩くと、うさぎ達が駆け寄ってくる♪
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気持ちいい小春日和でした。
さすが親子、日よけの腕角度が同じ!
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【毒ガス貯蔵庫跡】
15年間で製造された毒ガスは総量6,600トン以上だそう。
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【南部砲台跡】
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【中部砲台跡】
終戦後、処分のため焼かれた跡も生々しく残ってる。
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休暇村でランチを食べて、午後は島の展望台を目指して散策。
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夕日を浴びた鉄塔かっこいい!と夫と萌え。
うさ友Pさんに「大久野島来たよ〜♪」とこの写真をLINE。
なんでやねん、と笑われた。そりゃそうだ、ウフ。
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島から眺める夕日は今も昔も変わらないはず。
毒ガス製造に従事した工員達は何を想ってたのかな。
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休暇村本館前のうさぎ達。
沢山ごはんを食べてまったりタイム。
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最終便のフェリーで帰路に。
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数々の貴重な戦争遺跡をこの目で見ることができて、
月並みですが戦争と平和について考えさせられました。

広島市内には「負の遺産」原爆ドームもあって、
日本は被害側の負であり、核兵器を作りだした人類の負。
大久野島の戦争遺跡は加害側の「負の遺産」だと思った。
被害も加害もひっくるめて、
ここで化学兵器が製造され戦場で使われた事実は、
もっと多くの人類というか日本人が知るべきだと感じました。

広島県呉市の「海事歴史科学館・大和ミュージアム」も、
3年前に夫と行きました。ここも圧巻です。
広島にお越しの際は、
【原爆ドーム⇒大和ミュージアム⇒大久野島】と。
戦争と平和考察コースをおすすめします(どんだけヘヴィー)


次回エントリは、
島内で出会ったうさぎさん達の写真をお送りします♪